20161111

夏の終わり頃から、まあまあ計画してたバランスで生活できてる。自分にとって制作は何よりも大切なもので、これによって人が喜んだりしてくれることで僕は世の中と関係できる。だけどこれは、毎日夜更かしして、だらだらやるもんじゃない。

「5時間チャンス法」というのを自分に定めてたんだけど、これは「24時間あたり5時間しか制作実作業(おしゃべりや瞑想や読書などを含まない制作作業)をしてはいけない」というとても厳しいルール。「今日の短さ」「パワーの有限さ(そして幽玄さ…)」を、毎日実感するのが目的。

「今日が人生最後の日にもなってもいいような、悔いのない過ごし方をしよう」。って、いいアイデアだけど、毎日やるには重い。字義通りやると、自分に嘘をつかないといけなくなって、つらい。日々続いていく人生が、死に向かってろうそくのように「徐々に」削れていくからこそ、土壇場を分割払いできる。人生は、「人生最後の日以外にやるべきこと」で満たすべきだと僕は思ってる。

5時間で制作が終わると思っていれば、「あれに1時間、ここの部分で1.5時間。それとこっちが2時間で終わるか終わらないかぐらいで、以上が今日の分だな」という計算がしやすい。イグゾーストした状態で次の日を迎えることも無いので、体調が崩れていなければ「自分の平均出力ペース」が計算しやすいし、明日もそのペースを出すための休養や調整もしやすい。書いてて思ったけど、ほとんどアスリート気分だ。

どうしても終わらせないといけないことが収まらない場合や、作業のキリが悪かった場合などは1時間追加するときもあるけど、5が5+1になる程度の例外なら、その日のうちに追加されたコストを支払いきれる。夕飯を楽なものにするとか、喫茶店休憩を家で済ませるとか。

「次の日がとても楽しみな状態で、意気込んで眠る」という日が多くなったらいいなと思ってこのバランスを作った。もっと良いのができたり自分が変わったら、どんどんルールは変わっていくけどね。


 20161113

8800円で買ったスマートフォンを、ここ1年半ぐらい使ってる。安い時に買ったのでスペックはそんなに低くなくて、でもまあ高くもなくて、ポケモンGOもちゃんと遊べる程度だ。simは090の番号を移してきて、月1500円ぐらいのをつかってる。通信の速度も容量も十分足りてる。

僕はこまめに新しい、慣れてないものをさわる方が楽しいので、1年とか2年とかで新しい何かを買ってたんだけど、ここ1年半は興味のある端末がなかった。

で、今使ってるの本体端末は何も問題ないんだけど、バッテリーだけ弱ってきてダメになっちゃった。でもすでに販売終了してる機種で、バッテリーも買えない。本体が元気なのに電池のためだけに買い替えるのも嫌だし、そもそも乗り換えたい端末が全然ないなあと思っていた。

だから互換性のあるバッテリーを探そうと思って調べたら、サイズが違う汎用バッテリーみたいなのが出てきた。amazonのレビューで、僕のにも使えるって書いてた。親切なことに、どういう素材のものを間に詰めたら安定するかまで書いてあった。

無事に使えて、よかったです。「これだ!」と思った機械やソフトが出たら、すぐに飛びつけるように、超強い興味がバシッと出てくるまではじっとしてるのが良い。


 20161114

おみせ、土日2日ともやった。あんまり人が来ない時間が結構あったから、本読んだりしてた。友達の友達とか、ミニコミ作ってる人とか、よく来てくれる人も来てくれて、色々しゃべれて良かった。

ガチャガチャが先週1台うりきれになったから、次の中味をすすめてる。まだしばらく、うりきれ状態のまま。多分キラキラシールのセットになる予定です。

売り上げは低かったかもしれないけど、まあそんなの気にしててもしかたないし、困るほどじゃないと思うのであんまり気にせずどっしりとやることやりました。

日曜日にやると決めてる競馬は負け。2週連続はずれて、候補の馬までは分かっても組み合わせで失敗してる。「重賞以外の成績」を評価する重み付けがちゃんと自分の中でできてないのが一番大きい原因っぽいから、計算式にちゃんと組み込まないとなって思う。


 20161116

今年は、よそから頼まれてチームでやってる仕事が寒いうちに終わったから、それから半年以上、全然やってなかった。特に引き受けたい依頼も来なかったし、他のチームがやることになったりして。「もうそろそろやってもいいかもね」という話をしていたら、ちょうど何件か来て、来年の予定が埋まってきている。

もうほんとにこういうのは、長いことやってると、家で寝てるに限るな、と思う。自分からは運とか流れとか時代とか法律とか他人とか、何もコントロールできない。自分が欲しい芸当を叩いて、自分で自分が嫌にならないようにする、その2つだけ適当にやって長期的に好きに生きていくことに集中するのが、単純だけど一番「自分の人生を自分で進められてるな」と思える。

朝起きて、おおきな鍋に2日分ぐらいの飽きない料理を作って、副菜を変えながら絵とかプログラムを作って、お互い進めたことを話したり喫茶に休憩に行ったり、それが一番「自分と言えばこれ!」ってしっくりくる。し、長々続けたいけど難しいかなあ。難しいの嫌だな。


 20161118

くそじじいめいたことを言うと、インスタントなものに偏り過ぎてたな、と思う。歳とってよかったのは、コンビニとか牛丼屋とかデジタル決済とかSNSとか、そういうものに囲まれてて、「大学生」って感じのスピーディーで忙しい世界観が遠くなって、それもしばらく経って、遠いことが当たり前になって思い出せないぐらいになったことだ。

日本で20歳って「ガチャガチャ」してたり「バタバタ」してたりって言葉がお似合いな、なんかもう色々しっちゃかめっちゃかな日々になりがちだ。一人暮らしで貧乏だと一気にそうなる。しょうもない結果であれ、短期間で導いて、せこせこせこせこ積んでいかなきゃいけない日々。それをサボらないことも大事だし、そこをクリアして良かったと思えることも多いかもしれないけど、もうあんな、軸がなくて弱い波にも翻弄される日々はごめんだ。

パッと対処してパッと結果を得る、テトリスみたいなことをチャッチャカ繰り返すうち、考えるスケールもそうなる。半年単位の予定ですら正確さを欠くし、なにより自分のパフォーマンスが安定しない。視界も狭くなる。インスタントに動いてるから。

それをなんとかしようと、またインスタントな対処に走る。「こういうソフトを使ってスケジュールを管理するようにしたら…」「こういうサプリメントを使えば…」「これを食べないようにしたら…」しょうもない金額や手間でなんとかしようとする。自分がなんとかしたいのは根本なはずだったのに、枝葉末節で終わる。

はっきりいって、怠惰を追い払って、悪い癖をその場1度でも避けることができる精神を手に入れるために、多少行ったり戻ったりしながらでも、年単位でちまちま進めていくしかない気がする。ココアが自律神経にいいかもしれないとき、そういった恩恵は「食べ過ぎず、ベッドで画面の光を浴びない者の睡眠の質を3%アップ」のようなはたらきかたをする。ネズミだらけの家でドラえもん待つほど間抜けな行いは無い。

インスタントな物はインスタントで良い。それが一律よくないんじゃなくて、もし生活や精神や思考回路までそういう世界観に浸食されてしまってそうなら(大体自覚できない)、バランスを考えても良い。ちょっとずつでもとにかく根本と向き合うことが良いし、1mmでいいから、動かせたらお祝いする。お祝いをしたら、やっちゃったお祝いに恥じない生活を明日からしなきゃいけない。マイルストーンって感じにする。そういうの、段々思うようになって、今はそういうのも思わなくてよくなってきて、また次のモードになったり、応用編に突入したりしてきて、謙虚に慎重に適当にたのしくやっていく感じがする。

僕と同じような性格で同じようなことをしてると、少し似た場面になったりするだろうから、ちょっと参考になればいいな。参考程度にして、一切信用しない方が良いと思うけど。人間は全員固有で、他人は他人だから。


 20161121

おみせ、手伝ってもらって途中休んだりして土日おわった。全然さむくなかったけど天気が少し悪いときもあって人すくなめ。土曜日は閉店後に4人もあつまって近所の映画館に行った。見終わったあともみんなでお茶して、たのしかった。

この近所の元町映画館っていうところが、いつも気になってた。2010年にできたらしい。僕が東京に住んでた間だ。アート寄りすぎない感じも良いし、元町の感じが上手く作用してて、とても良い。普段から全然高くなくて、5回見たら1回サービスになるのもすごい。

関西の小さい映画館は、多少イライラさせられることもあるけど、昭和っぽいオッサンがドカッと座ってみてることが多くて、昔を思い出す。昔は映画館、一回お金払ったら何回でも見ててよくて、よくおじさんがずっといたりした。僕が小学生の頃まではそんな感じだった。

日曜やってる競馬はちゃんと当たってよかった。ランクの高いレースで変な感じにもならず、強い馬が強い順に勝つ感じで推理しやすかった。「なんで競馬やり始めて、続いてるの?」とよく聞かれて、今まで「分かんない」と思ってたけど、最近なんとなく分かってきたのは、「必勝パターンが無いとされてるけど、まぎれも無く1通りの答えに着地するパズル」だからかもしれない。未証明の数学の懸賞や、いないかもしれない新種生物、そういうのを追求するようなプロセスににた方向性の物を、気軽に毎週結果とともに楽しめるのが良い。


 20161123

東京に住んでた時には絶対行かないような曜日と時間帯に渋谷に用事があって、うわーって感じだった。電車がぎゅうぎゅうでアバラが折れそうになるし、ちょっと人が少ない車両があるなと思ったら吐瀉車両(略して吐車両)だったり、めまいがした。小林銅蟲の漫画『めしにしましょう』単行本の刊行記念でしゃべったりして、みんな楽しそうで何よりでした。それが良ければ全て良いんです。

他の用事もいくつか済ませて、帰りはバスを使ってみた。体を鍛えたから、バスに乗っても腰が死なないかなと思って。まあまあ大丈夫だったけど、10:00-18:00っていう移動時間で、この時間帯の8時間をバス座席で過ごすもったいなさ、すごい。

帰ってきたら、何か色々頼まれてて、できるかなって調べてたら1日終わっちゃった。プログラムとかシステムの何かとか、正直、自分でできるのかどうかも分からないことが多い。できるって言ってできないと怖いし、分かんないって言うしかない。分かんないって言った方が向こうは楽だろうなと思うから言うけど、それにしても分からないことばっかりだ。だからいつか、こういう仕事も来なくなるだろうなと思う。

バスでもいっぱい寝たけど、普通に夜眠れた。毎日トレーニングしてると、こういう良いことがあった時、全部「トレーニングのおかげだ!」と思いたくなる感じがあってちょっと危ない。おじぞうさまに毎日お供えしてるような気持ちだ。


 20161125

前から作ってた「aosansyoの本」ができた。aosansyoの青木さんは、前からシカクで僕が個展をやったときにTシャツを刷るのをやってくれたりして知ってて、服とか雑貨を色々作ってる。

ドグマ出版で、報告会をやる人を増やそうと思って募集してる時に青木さんも声をかけてくれて、春ぐらいから参加してくれることになったんだけど、それが形になってよかった。報告会は、週1回、やったことと次週の予定を報告し合って、意見とか交換して、お互いの役に立つことを言ったりしてお互いのためにすすめていくって感じの会で、いつもskypeのグループ通話でやってる。

春から参加してくれた人たちとは、それぞれ一緒に何か作ったりして、できるだけお互いにとって良いものを完成させるようにしようと進めてる。ただ励んだり、ただ完成させるだけなら1人でも出来るので、まあまあ小さなものでもいいから、決めたペースで着実に、お互いにとって良いものを完成させるというのが目的だ。半年で1つできて、そういう観点からもうれしいです。aosansyoの今回の制作についてはこちらで見れます。

人間は、物作ってるとオートで自己中心的になっちゃうことが多い。宣伝とか利益とか褒めてもらうとか見てもらうとか自己解説聞いてもらうとか、「対価」を欲したり、そもそもそれが動機に組み込まれてたりする。たとえば1人とかで作ってると、制作フェイズは1人の時に終わっているので、誰かと接するときは自然と回収フェイズになってる。でも作ることなんて世の中にあふれてるので、ずっとそんな感じで人と接してるわけにもいかない。適度に緊張して、つつましく作るということをやりたいし、僕の思う民芸って感じでかっこいい!

自分が思う「幼稚じゃないやり方」って考えても難しいし意味ないかもしれないけど、何か分かりやすい目標や、とらえにくい目標、定量的な目標や定性的な目標、そういう角度や深度の違う目標が立体的に重なって、「こっちに導いていく感じかな」と絞れる感じがある気もする。制作っぽいことに限らず。


 20161128

どうでもいいけど、関西は抗菌だらけの潔癖とは逆の世界がまだ残ってて、駅のトイレとかすごく汚く、手を洗わなかったり手を拭く物を持ってない人も多い。いい歳して「妻」に全部やってもらってる印象のおじさんっぽい人が多い。咳とかもすごいし、通勤時間帯は電車を避ける。

東京とかが、極端にトイレ清掃間隔が短いだけかもしれないけど、少なくとも「好きでもない奴ら同士で同じ空間で過ごさなきゃいけないんだから、お互い不愉快ナシでやろうぜ」っていう認識が高い。関西のおじさんは「自分たちが社会の中心で、女やこどもは脇役」って思ってそうな感じが見え見えな人が多い。「死なないんだから良いだろ」って人もたまにいるけど、死なないだけでよく生きてられるな、と思う。すごいレベルで生きてる。

僕は大人になってからも結構、目をこすったり顔さわったりして風邪になりやすかったりしたと思う。定期的に鼻水を新品に取り替えたり、「できればこのレベルでちゃんとしてたい」というところで維持するのって、それなりに余裕が無いとできないなあと今は思う。学生のときとかは気が回らなくて、忙しさやストレスとかと連動して清潔維持がおろそかになって、「雑に生きてる」って見え方してただろうし、色々な機会も減ってただろう。育った家じゃなく、自分の性格のせいだと思う。

「そんなことで消えるような機会なんて要らない!」って思うけど、弱い時ほど小さな機会が助けになったりする。就職活動見てると、「実力も経歴もない人間、根性と明るさと清潔さだ」みたいな印象が強い、強すぎる。そういうのを見て、「そうじゃないルールで動いてる世界」があって「自分はそっちでやってくタイプだ」とぼんやりにでも思ってたかもしれない。「AじゃなければアンチA」、単純だなと思う。

なんでそんなこと思い出したかっていうと、最近よく、「適応したい社会(人間集団)に、適応したい分だけ適応しよう」ってイメージをもって生活してるからだ。「適応したいと思えない世界の部分に適応しようとする時間は無くして、寝てた方が良い」とも思う。


 20161130

まだメニューを決めてから100日経ってないぐらいだと思うけど、体力、ついてきたと思う。体調が悪くなりにくい、頭痛とか眠りにくいのが少ないのはもちろん、気持ちが前向きになりやすいのが自分としてはうれしい。

体重計も、ピ!とかなって勝手に色々測るやつを買った。今は体脂肪率が5〜6%で、そのままでもいいし、増えても良いけど、とにかくBMIが変にならないように体重を増やしていくのが目標。「もうこれ以上やっても生活のパワーは上がらないかな」ってところで維持したい。やりすぎて熱中していくのが怖いから。

だからジムに行ったりプロテインを飲んだりとか、そういうのは一切しないで、素人らしくチーズとか好きな物を食べて、家で適当に鍛えてる。ラショウさんは演劇を昔やってて、今も舞踏をやってるから、すごい強くないとできない動きとかバランスのまま止まったりできる。体幹がどうとかそんな感じだと思うし、僕もそういう感じで、姿勢よくしてても疲れない感じになりたい。

筋肉で体重を増やしていくのは大変だけど、月に100グラムとかだったらいけるんじゃないかなと思う。まずは55キログラムになるのを目指してます。どんなに気持ちが前向きになっても、元々がかなり暗いので大丈夫っていうか、それぐらいでもまだ明るさが足りない思う。